怒濤なる運命のシンフォニー

この曲には、第1楽章の冒頭から陰鬱な雰囲気を伴って現れるメロディ「運命の旋律」を要所要所に散りばめられてある。これは事あるごとに出現し、楽曲全体にある種の影を落とし、また全体を大きなテーマ性で支配するかのように「絶えずそこに存在」する。ベートーヴェンのアレほど明確でも有名でもないが、「運命」の重みではベートーヴェンの第5交響曲「運命」以上の存在感を持っているのではないだろうか。奇しくも、両方とも「第5」。比較するのも面白いかもしれないが、筆者はベートーヴェンの作にさほど思い入れがないので今回はパス。

第1楽章:いきなり暗い。木管によるひたすらに重苦しい旋律が現れる。これが「運命の旋律」である。やがて、これまた重苦しい本楽章の主旋律が現れ、展開を始める。途中には明るく美しいメロディが現れる部分もあり、それに伴って壮麗さを増して行くのだが、それも主旋律の激しい勢いによってかき消されてしまう。最後には重く暗く響く主旋律が流れを支配し、悲劇的、絶望的な雰囲気を繰り広げる。最終的には音数を減じて行き、不気味な響きを残して楽章を終える。序盤から絶望の色が濃いのが特徴で、徹底的に暗い。特に楽章の終わりは、どん底を音にするとこんな感じだろうかとも思える。ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・と終わっていくのだ。大きな嵐、激しい喪失感や絶望ですら、まだまだ始まりにすぎないとでも言いたいのだろうか?

第2楽章:静かに始まる導入部に続き、ホルンによって穏やかに現れるメロディ。これが第2楽章の中心旋律である。次いで木管によって現れるもう一つのメロディを交え、ひたすらに美しく、スケールを拡大して行く。木管で示されたメロディがいわゆる「サビ」として機能し、大きく盛り上がる。(その中にある種の影が見え隠れするのだが)
だが、やがて不穏な雰囲気のメロディが現れると、不安感を想起させる展開へと変動し、徐々にそれが増大する。そしてその流れが頂点に達するとともに、第1楽章冒頭に示された「あの旋律」を変形したものが金管を中心にして荒々しく奏でられ、全休止という形で一切を押し流す。
次いで、弦楽のピック音に導かれるようにメイン旋律が再度現れる。今度は弦を中心にし、前の盛り上がりをも上回り膨れ上がる。甘くロマンティックで幸福感に満ちあふれ、同時に壮大に繰り広げられるそれは、どこまでも美しく切なく、豊かな感情にあふれている。筆者などは過去何度か涙腺が緩んだほどである。いや、本当に。多分、全楽章通しても屈指の山場だろう。全ての音の複雑な絡み合いが、何とも言えない深い味わいを醸し出しているのだ。
だが、その最大限に美しい流れは、何の前触れもなく最大強奏で突如現れる「あの旋律」の爆発的音量によって吹っ飛んでしまう。楽譜では「強く演奏する」記号であるフォルテの最大表記数である4つを指定され、しかも実際にはそれをも上回る強さを求められると言われるこの最後のパートが、そこまでに積み重ねてきた極限の美を打ち消し、あっと言う間に絶望のどん底に突き落としてくれやがるという寸法なのだ。この凝った仕掛けのおかげで、筆者は未だにこの曲をビクビクしながら聴いているという状態なのである。(いつ聴いても心臓に悪い・・・)
全休止のあと、序盤で登場した2つ目の旋律がごく穏やかに奏でられ、木管の静かな響きと共に楽章は終わる。

第3楽章:優美で穏やかなワルツ。途中に速い展開もあるが、全体は穏やかに進行する。落ち着いた雰囲気とやはり美しいメロディを持っており、それが続く。一般的には3楽章目にはもっと派手な内容の物を配置することが多いが、本作ではそういうトラディショナルな構成を避け、こういう曲を置いているという部分に作曲者の実験的発想が見える。(交響曲第2番「小ロシア」も第2楽章がマーチっぽかったりするのだが)
・・・が、最後にさりげなく、ごくわずかな間だが「あの旋律」が影を落としに現れる。それを明るい強音で消すようにして楽章を終えるのだが、「あの旋律」がそのタイミングで現れるというあたりが非常に意味深なものを匂わせる「つなぎ」の楽章。
運命からは逃れられないということか。

第4/最終楽章:短調であった「あの旋律」が長調に変えられたものが、最初から堂々と現れる。その明るく勇壮なイメージから始まって、明暗入り乱れて複雑に激しく展開する怒濤の如き最終楽章。その果てに現れるのはやはり第1楽章ばりの短調調律の「あの旋律」。それも重厚で壮絶極まるもので、重苦しい雰囲気は最後まで残り続ける。ただ、決定的に違うのは、「運命に負けていない」かのような方向に進む曲の動向である。ヒロイックかつドラマティックな印象を持っていて、絶望感というよりはむしろ絶望への挑戦を思わせる。そしてその勢いが極まる大きな山場があり、全休止が入る。
次いで終曲部が始まり、ここでは楽章冒頭以上に勇壮な「あの旋律」を中心にした、明るくエネルギーに満ちたパワフルな展開へとつながる。そして最後は第1楽章の主旋律を交えて、さらに力強く一音一音を刻み込んで行き、終曲を迎える。